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猫が教えてくれること「猫のしあわせ」/紙版画作家・坂本さんが出会った猫たちの場合vol.3

猫の猫らしい行動に、自分の生き方を重ねてハッとする瞬間があります。イラストレーターで紙版画作家の坂本千明さんもその一人。実家のある青森に帰省中、庭先で出会った2匹の猫に教えられ、坂本さんはずっと猫のしあわせについて考え続けていると言います。

猫が教えてくれること「猫のしあわせ」/紙版画作家・坂本さんが出会った猫たちの場合vol.3

猫がしあわせかどうか

紙版画作家・坂本千明さんの詩画集『退屈をあげる』

紙版画作家・坂本千明さんが初めて飼った猫で、5年前に亡くなった楳(うめ)ちゃんとの日々をつづった詩画集『退屈をあげる』のあとがきに、こんな一説があります。
私は知りたかった。猫が幸せかどうかを。(略)でもいくら考えてみたところでそれは絶対にわからない。(略)それはまるで開けたくても開けられない甘い香りの漂う菓子箱のようだなと思う。

紙版画作家・坂本千明さんと猫

坂本さんと出会うまで野良猫として生きていた楳ちゃんが、坂本さんに拾われ家猫となったこと。その後、坂本さんと暮らした日々。それらがしあわせだったかどうか。聞くことのできない、知ることのかなわない、坂本さんの言葉を借りるなら、開けて中身を確かめることも、味わうこともできない菓子箱を坂本さんは今も大切に抱えて生きています。

「猫に限りません。飼われている動物がしあわせどうかは、ずっと謎のままです。わからないから考える。考えてもわからないからまた考える。でもやっぱり答えは出ないから、結局は飼い主自身がどうだったか、なのでしょうね」

交通事故、大けが、そして行方不明…

坂本さんが作成する『ねこの室内飼いのススメ』というフリーペーパー

坂本さんは“ある事”をきっかけに『ねこの室内飼いのススメ』というフリーペーパーを作成します。それを周囲の人に配ったり、坂本さんの本を取り扱うお店や紙版画作家として個展を開催するギャラリーに置いてもらったり。関心のある人がデータをダウンロードして自由に印刷できるように、ご自身のブログにURLを貼ったりもしています。

「猫飼い歴の浅い私なんかが、人様の猫の飼い方をどうこう言っていいものか…と散々悩みましたし、作っている最中もずっと胃が痛かった」と坂本さん。どう飼われるのがしあわせかを猫に聞くことはできないから、これはいち飼い主の思い込みでしかないと自覚しながらも、坂本さんなりに一つの答えを出し、それを提示するに至った“ある事”とは…。

坂本さんの紙版画作品

「両親の介護をするため、実家のある青森に長く帰省していた時、近所のお宅で飼われている半外飼いの猫と出会いました。白に茶色の毛がふわっと混じり、綺麗なブルーアイをしていて、陽気で人懐こく、まるで太陽のような猫でした。
その子は行動範囲が広く、近所でも有名で、私も何の気なしにおやつをあげたりして、庭先に通ってくるのを楽しみにしていたんですけど、ある日、突然姿を見せなくなって…。嫌な予感がしました。
万が一のためにと控えておいた、その子の首輪についていた飼い主さんの連絡先にメールしてみると、交通事故にあって一命は取り留めたけれど、下半身不随になってしまったと告げられました」

太陽の猫と月の猫

飼い主と寄り添う猫

下半身不随になったその子はその後、飼い主さんの献身的な介護やリハビリの甲斐あって、飼い主さんお手製の車椅子で歩けるようになるまでに回復しました。しかし、歩けるようになったのもつかの間、飼い主さんが目を離したすきに脱走し、行方知れずとなってしまいました。そして、脱走から2年経つ今も見つかっていません。

「気軽におやつをあげたりして無責任に可愛がっていなければ。飼い主さんにもっと強く家の中だけで飼うことを勧めていれば。外に出たいと思う一つのきっかけを作ってしまった者として、反省しても後悔しても、あの子は戻って来ません。
この件があるまでは、外にいる猫は自由でいいなと思ったこともありました。楳を保護したことが楳にとっていいことだったのか、余計なお世話だったのか、ずっとわからなかったからです。でも、この件で改めて野良猫や半外飼いの猫が背負うリスクの大きさに打ちのめされました。外にいる猫が自由だとはもう思えなくなりました」

紙版画で描かれた猫たち

「野良猫であってもせっかく縁があって出会った猫には、その寿命をまっとうするまで安全な場所で生活をさせてあげたい。『ねこの室内飼いのススメ』は、私の反省と後悔から導いた私なりの答えで、私自身はそうしますという宣言でもあります」

太陽のようなだったあの子が事故に合った数ヵ月後、坂本さんはやはりそれまで庭先に通ってきていた別の猫を保護します。この子は生粋の野良猫で、厳しい環境で生きて来たのでしょう。人と見ればシャーシャーと毛を逆立て、警戒心が強く、触ることもできません。最初のうちは現れる時間も夜ばかりで、まるで月のような猫でした。
坂本さんは月のようなこの猫をシノビと名付け、知識のある人たちから教えを乞いながら、人馴れ訓練に励み、3ヵ月後、里親さんの元へと送り出します。

猫に教わりながら考え続ける

坂本さんの作業場にいる猫

「その後、シノビは里親さんの元でぬくぬくと育ち、それはもう甘ったれの家猫になりました。猫のしあわせって何だろう?同じように猫が好きな方でも、皆さんそれぞれに考えがあって、それが当たり前だと思います。猫には聞くことができないけど、それでも猫に教わりながら、猫のしあわせについてこれからも考え続けていきます」

きっと喜ぶだろうと思って買ったおもちゃに、まったく見向きもされなかった…というのは猫飼いあるある。よかれと思ったことが功を奏さないことは、何も人と猫に限ったことではありません。
「どうしたらあなたはしあわせ?」と聞くことも答えることもできる人間同士にも、「もしかしたら…」とか「ひょっとすると…」と、一人空回りながら相手を思い行動に移していく事が、100に1つでも相手のしあわせにつながればいい。まるで祈るようにそう思います。

楳ちゃん、墨ちゃん、煤ちゃん、太陽の猫、シノビ…坂本さんが出会ったすべての猫たちに感謝します。たくさんの教えをありがとう。

photo / 工藤朋子

イラストレーター・紙版画作家/坂本千明

https://www.instagram.com/chiakisakamoto/

この記事を書いた人

宇佐見明日香 編集者・ライター。女性の「生き方」「暮らし方」などライフスタイルにまつわるインタビューを中心に、企業人や起業家のインタビューを得意とする。“しつもんは愛だ”を...

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