レトロ蔵サウナや絶品クラフトサケに体が喜ぶ。「発酵」が息づく秋田・男鹿半島旅レポート

秋田県の西端、日本海に突き出た男鹿(おが)半島。鬼のような面をつけたナマハゲが大晦日の夜に家々を巡り、怠け者を叱咤する勇壮な風習でよく知られる地域です。けれど、今回私が男鹿半島を旅したのは、もうひとつの静かな伝統「発酵」の文化を発信する拠点。豊かな自然と寒冷な気候が育む発酵の営みが、この地の地方創生と深く結びついていることを感じました。
 HALU

発酵を軸にしたまちづくりを牽引する「稲とアガベ醸造所」

今回の旅の一番の目的地として訪れたのが、男鹿半島の発酵文化を現代に伝え、新しい価値を生み出している「稲とアガベ醸造所」です。ここで醸造されるのは、秋田県産の米を使ったクラフトサケ(酒)。伝統的な日本酒技法をベースにしつつ、従来の酒造りの枠を超え、通常は日本酒作りに使用しないハーブやホップを加えるといった自由な発想で造られる、新しい日本酒です。

ブリュワリーショップ&カフェバー「土と風」では、造りたてのクラフトサケを飲み比べ、その豊かで多様な味わいを確かめることができます。また、酒粕を使ったソフトクリームや、鶏の出汁と山椒が効いたカレーなどの食事も。不定期でポップアップイベントも開催していて、家族で地元の酒や食の文化を楽しむことができます。

もうひとつ注目したいのが、その酒造りの舞台。なんと、かつての駅舎をリノベーションし、醸造所として生まれ変わらせているのです。通常は「土と風」にしか入れませんが、特別にその奥にある醸造所の中も見学させていただくと、駅舎だった名残を感じられるところを発見。歴史を引き継ぎながら新たな命を吹き込むその場所には、土地の記憶や時間の重なりが静かに息づいていました。

さらに現在は、醸造所から徒歩10分ほどにある元鉄工所を改築した蒸溜所も準備中。

中には特注して海外から取り寄せた蒸留機が置かれていました。今後はここで、酒造りの副産物である酒粕を使った焼酎やジン作りにも力を入れていくそうです。発酵という循環で生まれたものを無駄にせず、次の一滴へとつなげる。その姿勢には、エシカルやサステナブルといった言葉を意識しなくとも、自然と根付いたものづくりの哲学がありました。


稲とアガベ醸造所
ショップ/カフェ 「土と風」
秋田県男鹿市船川港船川新浜町1−21
営業時間 11:00〜15:50
定休日:月・火曜

地域の発酵文化がつながる。「諸井醸造」とラーメン屋「おがや」

もうひとつ、男鹿の発酵文化を語るうえで欠かせない「諸井醸造」にも足を伸ばしました。ここでは、秋田名物ハタハタと塩だけを原料にした伝統的な魚醤「しょっつる」を醸しています。塩と魚、そして時間が生み出す濃厚で奥行きのある味わいは、まさに発酵の力そのもの。


残念ながら、昨年先代がお亡くなりになり、いつまで作れるかわからないということで、とても貴重な味となってしまったしょっつる。最近では海洋温度の変化でハタハタがこの地域でなかなか摂れず、今では高級魚となりつつあることも、継続した生産の難しさに拍車をかけているようです。


諸井醸造
秋田県男鹿市船川港船川字化世沢176
TEL:0185-24-3597(応対時間 平日8:00~17:00)
※工場に併設の事務所の一角で製品の購入が可能となっていますが、不定期での開放のため、立ち寄る場合には事前にご連絡することをおすすめします

そんな貴重な発酵調味料、しょっつる。地域でより大切にしていこうと、市内のお店が提供する料理に使用しています。例えば、上でご紹介した、稲とアガベの蒸溜所が敷地内に2023年にオープンしたラーメン店「おがや」では、このしょっつるをスープに使用し、伝統の味を現代のラーメンに落とし込んでいました。私もいただいてみると、魚醤の旨味がスープに溶け込み、ひと口ごとに男鹿の海と発酵文化が広がる味わいでした。

発酵は菌が互いに作用し合い、新たなものを生み出す営み。そのプロセスは、地域資源がめぐり、まち全体が少しずつ進化していく地方創生の姿と重なります。


おがや
秋田県男鹿市船川港船川字新浜町13
営業時間:11:00~14:00 (✳︎スープがなくなり次第終了となります)
定休日:月曜

地域と旅人が交わる拠点「SANABURI FACTORY」と「シーガール」

稲とアガベ醸造所はさらに、地域をつなぐ拠点として「SANABURI FACTORY(サナブリファクトリー)」も運営しています。

SANABURIは、秋田の農家に伝わる田植え終わりのお祝い「早苗饗(さなぶり)」に由来。廃棄リスクのある農作物をご馳走に変えたいと、酒造りで生まれる酒粕を使った発酵マヨといったオリジナル調味料を中心に、生活用品や衣服もそろえたセレクトショップです。観光客向けの土産物店でありながら、地域住民が日常的に食料品を買い揃えるグローサリーストアとしての役割も果たしています。

私が訪れた際には、地元のお父さんがさらっと日本酒を買いに来て、店員さんと笑顔で言葉を交わしていました。その何気ない光景に、ここが観光地としてだけでなく、地域の日常にも溶け込んでいる場所だと感じました。


SANABURI FACTORY
秋田県男鹿市船川港船川字栄町6-2
営業時間:10:00〜16:00
定休日:なし(臨時休業の情報は Google Mapsに反映)

夕暮れ時には稲とアガベで働く夫婦が営むバー「シーガール」へ。外観は昭和の懐かしい雰囲気が残っていますが、中はリノベーションされたモダンなバーです。

稲とアガベのクラフトサケやこだわりのドリンクの中で、私が特に気に入ったのが「Non-Alchemist」。ワインやカクテルのような複雑な香りを、アルコールを使わずフルーツや植物、スパイスなどを組み合わせて表現したオルタナティブアルコールドリンクです。

おいしいドリンクを片手に、地元の人たちとの交流を楽しむひととき。静かな港町の風を感じながら、発酵文化が生む「人と人との発酵」まで体感した時間でした。


シーガール
男鹿市船川港船川栄町15
定休日:日~木曜(金・土曜のみ営業)

過去を未来へ繋ぐ宿「森長旅館」

今回の宿泊先に選んだのは「森長旅館」。築95年の歴史がある旅館の建物を改装し、2024年1月にリニューアルオープンしたばかりの旅館です。

懐かしさと新しさの両方を感じる建築

重要文化財に指定される伝統的な建物ながら、内部には現代的なデザインも取り入れられています。
入口から入ると、とても明るい吹き抜けの廊下が。奥の窓の向こうには、雪で覆われた日本庭園がありました。

玄関を開けてすぐの空間は、懐かしくも新しい、木の温もりが感じられる吹き抜け空間。

さまざまなテーブルと椅子が並ぶ喫茶店のような、温かみのあるラウンジも。

蔵のおこもり感に心地よい開放感も加わったサウナ

このように素敵なポイントがたくさんある中でも最も印象的だったのが、かつての蔵を改装した「もなみサウナ」です。

一度雪の積もる庭に出てから、期待を膨らませながら蔵の引き戸を開けると、柔らかな熱気と木の香りに包まれ、心が落ち着いていくのを感じます。

梁を剥き出しにして吹き抜けが作られていて、蔵のおこもり感を生かしつつも、蔵特有の暗さは感じない開放感ある空間。全体の一体感も増し、、古い蔵の持つ静けさと現代的な心地よさが見事に両立されていました。

発酵が時間とともに味を深めるように、歴史ある蔵もまた、現代の手によって新たな価値を宿しています。

リラックスできる和モダンな客室

客室は昔の旅館と間取りをほとんど変えていないそう。縁側にあるリラックススペースはとても眺めもよく、朝目が覚めると、朝日が綺麗に見えました。

布団ではなくベッドが置かれた寝室。張り替えたばかりの畳の香りと木の香りが溶け込む、心地よいスペースでした。


森長旅館
秋田県男鹿市船川港船川栄町82
TEL:0185-47-7716

発酵が生む循環と、地方創生の新しい形

男鹿半島で出会った発酵文化は、伝統技術にとどまらず、地域の未来を醸していく力強い循環そのものでした。

酒造りの副産物から焼酎を生み出すこと。発酵を軸に地域資源を無駄なく活かすこと。しょっつるがラーメンに生まれ変わり、地域内で味と文化が巡ること。古い建物を再解釈し、新たな価値を吹き込むこと。
それらは、エシカルやサステナブルという言葉を掲げる前に、土地と人が自然と続けてきた営みでした。

発酵とは、菌たちが共生し合い、新しいものを生むプロセス。その姿は、男鹿半島の人々が互いに関わり合いながら、地域の未来を少しずつ醸していく様子と重なります。
発酵がまちを醸す。そんな地方創生の新しい形が、ここ男鹿半島に確かにありました。

photo / HALU

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