幻想的な香りの世界へ。アール・デコの装いを彩った、ルネ・ラリックの魅力に迫る展覧会

現在、渋谷区立松濤美術館で開催中の『北澤美術館所蔵 ルネ・ラリックの香水瓶 -アール・デコ、香りと装いの美-』。繊細で美しいデザインと卓越した技術で、目に見えない「香り」の世界を幻想的に表現したルネ・ラリック。香りたつイマジネーションの世界を楽しめる本展覧会をご紹介します。
 新 麻記子 読者ライター

香りのイメージを創った、ルネ・ラリック

古から女性の心をとらえて離さない、香りを楽しむための化粧品“香水”。19世紀後半に香りの需要が飛躍的にのび、それに呼応するように化学と技術が進歩し、それまで特権階級の贅沢品だった香水が、一般富裕層の手にも届くようになりました。

そんな中、いち早く香水メーカーの要望にこたえ、さまざまな香水瓶を生み出したのが、ジュエリー作家として人気を博していたフランスのルネ・ラリックです。眼には見えない香りのイメージを表現した美しく独創的な容器は、香りの歴史を塗り替える画期的な出来事でした。ラリックが手掛けた香水瓶は、アール・デコのファッションとも結びつき、時代のトレンドを生み出していきます。

現在、松濤美術館で開催されている『北澤美術館所蔵 ルネ・ラリックの香水瓶 -アール・デコ、香りと装いの美-』では、ルネ・ラリックによるガラスの香水瓶やパフューム・ランプ、化粧品容器、アクセサリーなど、約160点を展示しています。世界屈指のアール・ヌーヴォー、アール・デコのガラス・コレクションを誇る長野県諏訪市の北澤美術館の所蔵品から、選りすぐった作品ばかりです。

ジュエリーの世界から、ガラスの世界へ

あなたは香水を購入する際に何を基準に選びますか?お気に入りのブランドや好みの香り、そして香水瓶のデザインも気になるところですよね。今でこそ香水のイメージや見た目は洗練されたものとなっていますが、当初の香水は素っ気ない薬瓶のような容器に入れられて量り売りされており、現在のようにお洒落なものとは掛け離れていました。

ラリックが香水瓶をデザインするきっかけとなったのは、香水商のフランソワ・コティ。フランソワ・コティは自社の香水の魅力を効果的に伝えるため、1900年のパリ万博で宝飾部門のグランプリを受賞するなど、ジュエリー作家として成功していたラリックに香水瓶のラベルデザインを依頼しました。出来上がったのは、彼のジュエリーのようなロマンチックなデザインのラベル。その後、ラリックはラベルだけでなく瓶そのものを制作するようになりました。ガラスに香りの魅力を形やデザインで伝えるという新しい試みでした。そして、ラリックが制作した繊細な香水瓶は大好評となり、他の香水ブランドもこぞって彼に依頼するようになりました。

香水文化が高度に発達したフランスにおいて、目には見えないものだった「香り」の世界を、掌上のガラス芸術として体現してみせたルネ・ラリック。女性美の崇拝者であった彼にとって、香水瓶は一番愛着のあるジャンルだったことでしょう。

見る者の心を魅了する、挑戦的なデザイン

草花や妖精たちが息づき、光を集めて輝く香水瓶。こうした細かな造形は、アール・ヌーヴォーの時代にジュエリーを制作していたラリックだからこそ、ガラスにおいても精巧で立体的な鋳型のデザインが可能だったこと分かります。

例えば、瓶の栓であるストッパー部分にティアラ(宝冠)型のデザインを起用していたり、指でつまむ部分には薔薇のドレスを着用している女性の彫刻を施したり。その他にも、ラリックが特許を取った型吹きプレス同時形成の作品では、小さな女性の裸体が浮き上がるように表現されています。

一つ、一つ、丹精込めて制作された斬新なアイディアに驚きを隠せません。香水を使用する人のことを考え、細部に渡るまで配慮する姿勢に、ラリックの熱い想いが感じられます。

アール・デコの装いもデザイン

第一次世界大戦後、上流階級や有名女優という限られた人々だけでなく、一般女性の間にも化粧が広がっていきます。ファッション界では、大きな社会変動によって機能的なデザインが求められ、従来のコルセットを使わないゆったりとしたドレスが流行し、さらには断髪の麗人「ギャルソンヌ」も登場しました。

香水瓶のデザインで人々の心を魅了したラリックは、ガラス素材を活かした鏡やパウダーケースなどの化粧品容器や、アクセサリーなどを世に出し、女性たちの日常を豊かに彩っていきました。会場内には神戸ファッション美術館所蔵の美しいドレスも展示されているので、新時代の様子を展示品から感じ取ってみてください。

洗練されたモダン・デザイン

ラリックが初期に手がけた香水瓶は精巧な彫刻が施され、透明ガラスを活かしたデザインが多いのに対し、後期に手掛けた香水瓶はシンプルでいてモダンなデザインになっています。原色に近い色が使用されたり、シンプル中にもパターン模様が施されていたり。時代に合うように制作されたモダン・デザインでありながら、ロマンチックに香りの世界を表現しているところに注目してください。

例えば、本展覧会のメインビジュアルとなっている球体の香水瓶「真夜中」は、夜空に煌めく星空が施された可愛らしいデザインになっています。青い背景に星の部分を透きガラスのままに残しており、香水が入っている時の星は金色、液体が減った時の星は銀色と、液体がなくなっても楽しめる工夫が凝らされています。その後、時代の変革にともない、よりシンプルなデザインとなるのですが、その香水瓶「真夜中」の存在感はそのまま生かしているところにもラリックの美学が潜んでいます。

会場では、1925 年にパリで開催された「現代装飾美術産業美術国際博覧会(通称:アール・デコ博覧会)」の章が設けられ、作品や資料を通して博覧会の様子を紹介しています。ガラス工芸家としての地位を確立していたラリックは、自社パヴィリオン「ラリック館」を設け、ガラスによる空間演出を披露します。また、博覧会のテーマ「水と光の演出」にちなんだ、高さ15mのガラス製の野外噴水は夜間照明も仕込まれた大規模なもので、大変好評を博したそうです。そして、ラリックが手掛けた数々のガラス製品は、博覧会の名称から「アール・デコ様式」の代名詞として、世界から注目を集めるようになりました。

香水瓶に込められたラリックの美学

本展覧会では、ガラス工芸と商業美術に革新をもたらし、アール・デコの時代の寵児となっていった、ルネ・ラリックの美の世界を展開。会期中には香りを体験できる特別講座やブースが設けられている他、学芸員によるギャラリートークなどが開催されています。

現在では眼には見えない香りのイメージを表現した香水ボトルが主流になっていますが、私たちが何気なく使用している香水瓶のデザインを改めて注視してみると、温故知新の精神で引き継がれたラリックの美学が感じられます。そんな香水の原点を求めて会場に足を運べば、様々な驚きや新たな発見に気付かされることでしょう。ぜひ、多様なガラス芸術に込められた小さなイマジネーションの世界をご堪能ください。


メインビジュアル:左から、香水瓶《バラ》ドルセー社 1914年、香水瓶《ユーカリ》1919年、香水瓶《三組のペアダンサー》1912年
撮影:清水哲郎

photo / 新麻記子

ルネ・ラリックの香水瓶-アール・デコ、香りと装いの美-

会期:2017年12月12日(火)〜2018年1月28日(日)
会場:渋谷区立松濤美術館
時間:午前10時~午後6時(金曜のみ午後8時まで)
休館日:1月9日(火)、15日(月)、22日(月)

http://www.shoto-museum.jp/exhibitions/176lalique/

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